最高裁判決を踏まえて、県民はどう前進するか!
4 「取消処分」の基本的性格
今回の取消処分は「法的対抗措置」であったが、その基本的性格は民主主義の本質に立脚した「民意に根ざす対抗措置」であった。最高裁判決は、前知事が行った埋立承認には「裁量権の逸脱」はなく許される一つの政策判断であったと判断した。しかし、この司法判断は前知事が「適切な判断」を行ったことを意味するものではない。単にそれが「違法・不当」ではなかったと判断したにとどまる。「違法・不当」でないということとそれが「適切な判断」であったかどうかとは異なる。知事は地方自治体の長として、住民のために複数ある選択肢の中から「最も適切な政策」を選択し実現する責務を負っている。そこに住民から権力を託されている行政権の本質と特徴がある。埋立承認に「違法・不当」がないと判断された現在、残された課題は埋立承認を「今後も維持するのか、撤回するのか」の判断である。この判断を決するのは、行き着くところ県民の「民意」である。前知事の選択は「最悪の選択」と評価されるものである。最高裁判決後も、県民の民意が「埋立による新基地建設反対」にある以上、翁長知事がその公約に従い淡々と民意を実現するための法的措置をとることは、当然に許されることである。
5 検討に値する「撤回」処分
埋立承認が「適切であったか否か」を問う最も直接的な法的対抗措置は、県民の民意を根拠とする「撤回」処分である。この処分は、埋立承認後の新知事誕生に伴う政策変更(民意)を理由とするものであり、法的に十分理由が存するものである。
最高裁判決の最大の弱点は、埋立承認に「違法・不当が存在するか否か」だけを判断し、取消処分が「民意」に基づく選択として「適切であったか否か」を判断していない点にある。県は違法確認訴訟において、この点を判断してもらうために法的論理を組み立てたが、前記のように最高裁はこれを退け、この判断を行わず、埋立承認に「違法・不当」があるか否かだけを判断した。
そこで改めて、翁長知事の判断、すなわち「埋立承認は維持すべきではない」との判断の是非を司法の場で判断してもらうためには、「撤回」処分が効果的であり有用である。同処分は「取消処分」と同様に、処分時に直ちに法的効果を発揮し、国の工事を中止させる効力を有する。「撤回」については、国は異議を申し立て、同じような裁判闘争を仕掛けてくることは間違いないが、判決が出るまで確実に工事を止めることができる。
6 撤回の法的要件
最高裁1988年判決(指定医指定撤回事件)は、撤回を行う法的要件として「撤回によって被る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められること」を挙げている。撤回を認めた下級審判例がその根拠を「公益上やむをえない措置」、「公益上の必要性」、「公益上相当の理由のあるとき」、「公益に適合させるため」等と説明していることを踏まえると、上記最高裁判決の示した判断枠組みは、今後も撤回の法的要件として通用するものと思われる。
「撤回」の法理は、本件で「埋立承認を撤回することにより生じる国の不利益」と「撤回して新基地建設を行わないことにより生じる県民の公益性」とを比較考量し、後者の必要性が前者を上回ると評価できれば、法的に「撤回」を行うことができることを教える。
私はすでに県民の民意は明らかであるとは考えるが、司法の保守性を踏まえると歪曲されるおそれがある。現に高裁判決は、「本件新施設等は・・・沖縄県の基地負担の軽減に資するものであり、そうである以上本件新施設等の建設に反対する民意に沿わないとしても、普天間飛行場その他の基地負担の軽減を求める民意に反するとはいえない。」(判決137頁)という形で、自己に都合良く「民意」を語っている。このような歪曲を許さず、「撤回」処分の正当性を明確に打ち出すためには、若干の期間と費用を要するものの、埋立処分の「撤回」の是非を問う県民投票を行うことが有用である。翁長知事は、その結果を踏まえて正々堂々と埋立承認の「撤回」を行う道を真剣に検討すべきではなかろうか。強大な国家権力に対抗する道は徹底して「民衆の力」に依拠することである。県民投票は、撤回の法的理由を明確にすると同時に、翁長知事の政治的決断を支える強固な基盤となる。今後の長い闘いを見据えたとき、その意義は大きい。
そうは言っても、国は「国益」を理由に「民意」を押しつぶすために、今回と同様の訴訟を仕掛けてくることは間違いない。私たちはこの訴訟の中で、改めて「何が県民の公益に合致するか」を問いかけ、公有水面埋立法が何ゆえに知事に判断権を付与したのかを求めて最高裁判所の判断を仰ぐことになる。司法への信頼が揺ぐ中で、再度の司法判断を求めることはなかなか困難なことではあるが、展望を切り開くためには苦しいながらも道を切り開くしかない。